Takumitsu KIDA, Ph.D.

Polymer Physics

研究内容

Introduction "結晶性高分子の構造と物性"

ポリエチレン(PE)などの結晶性高分子材料は、非常に安価であるにも関わらず、優れた 加工性と強度、柔軟性を有しており、かつ軽量であることから、 現在ではわれわれの日常生活で欠かすことのできない材料の一つです。特にPEなどの 結晶性高分子は金属や無機材料では達成できない高い延伸性(ひずみ30まで延伸可能)を 有しており, 今後は金属の代替として構造材料への利用も期待されています。
結晶性高分子の優れた物性は、内部に存在する複雑な構造状態に起因します。 例えばPEの場合、図1に示すように、数μmから数nmといった非常に幅広いスケールに 渡って階層的に構造を形成しています。これらの内部構造を精密に制御することで 材料物性を自在に変化させることが可能となりますが、各スケールの構造は互いに密に関係しあっている ことから、このような構造と物性の関係を理解することが非常に困難です。 そのために、現場では経験と勘に頼り、手探りで材料物性の制御を行っているのが現状です。

このような高分子の構造と物性の関係を理解し、高性能化および高機能化を達成するために 我々は高分子の精密合成・構造解析・力学物性評価といった3分野の異なる技術および知見を 組み合わせて研究を行っています。 我々は試料の合成から構造解析および物性評価を一貫して行うことにより、構造評価や 物性評価で得られた知見を合成へフィードバックすることが可能となります。 このような研究サイクルをすすめることで、高分子材料の高性能化および高機能化を 強力に推進することができます。以下に、主な研究内容の概要を紹介します。


Rheo-Raman分光法を用いた結晶性高分子の変形メカニズムの解明

結晶性高分子の変形過程で生じる内部構造変化を観察するために、 引張試験とラマン分光の同時測定が可能な"Rheo-Raman分光装置"を開発しました。 ラマンスペクトルは化学構造の同定だけではなく、分子鎖の変形挙動を評価することが可能な測定手法です。 例えば、材料の変形過程では図に示すようにピーク位置の変化(ピークシフト)が観察され、分子鎖に作用する力を直接検知できます。 この方法は材料内部の残留応力評価にも用いられる評価手法です。 他にも、分子配向結晶構造の分率・乱れの評価も可能です。 我々は引張試験とラマン分光の同時測定を行うことで、 分子鎖の荷重状態や配向、構造変化をリアルタイムで観察することができます。 最近ではポリエチレンやポリプロピレンだけでなく、ポリアミド系エラストマーや環状オレフィンコポリマーなど、 さまざまなポリマーの測定を行っています。

参考論文
T. Kida, T. Oku, Y. Hiejima, K.-H. Nitta, Polymer, 58, 88 (2015) 論文はこちら
T. Kida, Y. Hiejima, K.-H. Nitta, Express Polym. Lett., 10, 701 (2016) 論文はこちら
T. Kida, Y. Hiejima, K.-H. Nitta, Polym. Int., 67, 1335 (2018) 論文はこちら



分子量分布の精密制御による結晶性高分子の高機能化

分子量が一定ではなく、分布を有することは金属や無機材料にはない、 高分子材料の大きな特徴です。実際の製品に用いられている結晶性高分子の 殆どは分子量分布が非常に広く、さまざまな分子量(長さ)の分子鎖が混在しています。 各分子量の分子鎖には、それぞれの役割があり、例えば高分子量(長い)分子鎖を 増やすことで成形加工性が向上することは広く知られています。 本研究では、自ら分子量分布が異なるPEを重合することで、分子量分布と物性の関係を 解明し、分子量の制御によって結晶性高分子材料に高機能性を付与することを目指しています。 最近では、ほぼ単分散(分子量分布因子が1.2以下)のPEを自ら合成し、多分散PEにブレンド することで特定の分子量成分の量をコントロールしたモデル試料を調製し、 各分子量成分が物性に与える影響を精密構造解析(X線散乱やIR、ラマンなど)と引張試験の 結果から考察し、PEの物性が最大限に発揮される分子量分布の形状を解明することを目指しています。

参考論文
T. Kida, Y. Hiejima, K.-H. Nitta, Macromolecules, 52, 4590 (2019) 論文はこちら
T. Kida, Y. Hiejima, K.-H. Nitta, Macromolecules, 54, 225 (2021) 論文はこちら
T. Kida, R. Tanaka, Y. Hiejima, K.-H. Nitta, T. Shiono Polymer, 218, 123526 (2021) 論文はこちら



流動結晶化挙動の制御による高機能化

プラスチックは溶融状態でさまざまなカタチに成形加工できることが大きな特徴です。 成形加工の過程では材料に強い流動が印加された状態で結晶化が進行するため、 得られた製品の内部構造は流動の影響を強く受け、場合によっては流動方向に強く配向した構造が形成されます。 配向結晶構造が形成されると、材料の弾性率や強度が著しく向上することから、流動結晶化挙動の理解は高性能プラスチック開発のために非常に重要な研究課題です。
我々は、力学的および光学的手法の両方を用いて流動結晶化挙動を解析する新しい測定手法を用いて、流動結晶化のメカニズム解明に取り組んでいます。 例えば、せん断ステージと偏光顕微鏡を組み合わせた装置や、レオメーターとラマン分光装置を組み合わせたレオ・ラマン分光装置を有しています。

参考論文
T. Kida et al., Polymer Journal, in print 論文はこちら
T. Kida et al., Polymers, 13, 4222 (2021) 論文はこちら



プラスチックにおける劣化挙動のマルチスケール構造解析 (JST さきがけ)

高分子材料は熱や光、力学振動の印加によって物性が大きく低下する「劣化」が進行します。近年は高分子材料のリサイクル技術が大きく注目されていますが、 同時に高分子材料を長期間利用するための技術、すなわち劣化抑制技術の開発が重要となっています。しかし、高分子は複雑な高次構造を有することから 劣化のメカニズムを理解することは非常に困難です。我々は、分子量や分子量分布、分岐構造を制御したモデル試料を合成し、これらのモデル試料における劣化挙動を IR・ラマン分光法を用いて構造論的に理解することを目的としています。特に、マッピング技術(下図)を駆使して劣化挙動の空間的な不均一性の評価に取り組んでいます。